手巻きという愉悦。グランドセイコーの「SBGW305」で味わう、機械式時計との”対話”

今ある機械式時計のほとんどが、腕の動きでゼンマイを巻き上げて動力を貯めてくれる「自動巻き」ですが、ほんのわずかに「手巻き」のモデルが存在します。自らリュウズをまわしてゼンマイを巻き上げるという少しの手間こそ、その時計への愛着へとつながるのです。今回は、数少ないグランドセイコーの手巻きモデル「SBGW305」とともに、手巻き腕時計の魅力をご紹介します。

目次

とても稀少な手巻き時計の存在

現在販売されている腕時計の中の機械(ムーブメント)には、大きく2種類が存在しています。一般的に知られており数が圧倒的に占めるのは、ボタン電池で駆動する「クォーツ式」と、昔ながらのゼンマイを巻いて駆動させる「機械式」です。世の中に出回っているほどんとの腕時計がこのクォーツ式であり、機械式はたったの数パーセントと言われています。

そしてさらに機械式を2つの種類に分ける事ができます。「自動巻き」と「手巻き」です。簡単に説明すると、自動巻きとは人間の腕(手首)の動きに合わせて、時計内部に組み込まれた、半円状のおもり(=ローター)が振れ動くことで、ゼンマイを勝手に巻き上げてくれるというもの。機械式時計はおおよそ2~3日でゼンマイがほどけて止まってしまうのですが、腕に着けている限りずっと動いてくれる自動巻きは、普段使いをするうえでは非常に便利なものです。

グランドセイコーで現在主流となっている自動巻きムーブメント、キャリバー9S65。大きな半円状のパーツがゼンマイを巻き上げるローターです。現行の自動巻きモデルのほとんどがシースルー仕様になっているため、この機械を鑑賞できます。

これに対して手巻きは、その名の通りゼンマイを手で巻き上げる必要があります。機械式時計の歴史を振り返れば、自動巻きの仕組みが腕時計に組み込まれたのは1920~30年代の話です。2~3日おきにリュウズを手で巻かないといけないという煩わしさを解消するために、当時の時計技術者たちがこの画期的なメカニズムを生み出しました。

余談にはなりますが、自動巻き機構を特に大きく進化させたのはロレックスです。モデル名の「パーペチュアル」というワードは自動巻きを意味しています。機械式時計全体のシェアを見渡すと、手巻きムーブメントを搭載したモデルの割合はわずか5パーセントにも満たないと言われていますが、それはやはり自動巻きのほうが使用するうえで便利だからです。

ここまで聞くと自動巻きだけでいいのではないかと思われるかもしれませんが、不便な手巻き時計にも複数のメリットはあります。自動巻きのメカニズムが搭載されていないぶん、時計を薄く軽くできる点。複雑なメカニズムを省いているので、機械自体が故障しにくくなる点。美しい機械の仕上げが半円状のローターに隠されない点などが挙げられます。そして、ここからが手巻き時計の本題です。

手巻きとは、時計との対話である

グランドセイコーは、自動巻きモデルの割合こそ多いものの、一定数の手巻きモデルが存在します。グランドセイコーが今も手巻きモデルを作り続ける理由は、手巻きならではの魅力、そしてその価値を継承していきたいという想いがあるからなのです。

グランドセイコーの公式説明で、手巻きとは「時計との対話」であるというキーワードが散見されます。これは、リュウズを自ら巻きあげるという行為自体に価値があり、それがその時計への愛着を深くしてくれるという意味です。

数少ないグランドセイコーの手巻きムーブメントのひとつであるキャリバー9S64。前述した自動巻きムーブメントのキャリバー9S65から完全に自動巻き機構を取り払った仕様になっており、そのぶんシンプルで薄いことが特徴です。

多機能で便利な製品があふれた現代の世の中において、ゼンマイで動くアナログな機械式時計は、その存在自体が貴重です。利便性を追い求めてつくられたデジタル製品は日々の役にこそ立ちますが、何十年もの間愛用し続けるかと言われたら、それは否。機械式時計は、ひとつのモノを長く愛着を持って使い続けることの尊さを実感させてくれるのです。

そして手巻き時計は、機械式時計ならではのロマンを見事に表しているとも言えるでしょう。自身の指でリュウズをしばらく巻きあげると、チクタクと鼓動しながら機械が動きだす。その様はまるで、生き物に命を与えているかのようにも思えてしまう…。手巻き時計には、スペックだけには現れない、人間の感情に訴えるような魅力が隠れているのです。

ヴィンテージウォッチを踏襲した「SBGW305」

今回ご紹介するグランドセイコーのモデル「SBGW305」は、そんな手巻きの魅力を存分に味わえるモデルです。本作はエレガンスコレクションに位置しており、普遍的でクラシカルなデザインと美しさが共存する本作は、まさにエレガンス。ヴィンテージウォッチを思わせるディテールの中に、現代的な要素も取り入れている1本となっております。

SBGW305の特徴は、なんといっても小ぶりで薄いこと。そのため1950~70年代のヴィンテージウォッチのような風合いを持っています。

まずケースの直径は37.3mmとメンズコレクションの中では非常に小ぶりなのが特徴です。近年の時計業界ではメンズモデルの小径化の波がありますが、本作も例外ではありません。特に比較的手首の細い日本人こそ着用しやすい設計となっています。

ケース全面がポリッシュ仕上げになっており、面の歪みをなくした「ザラツ研磨」の技術で磨かれています。側面は中央が膨らんだ丸みのある造形で、クラシカルで高級感のある雰囲気を漂わせています。

そして本作の顔でもある文字盤こそ、最もヴィンテージウォッチらしさが強調されたポイントです。1960年の初代グランドセイコーをはじめ、同年代のモデルには文字盤や風防が丸みを帯びたドーム型になった仕様がよく見られるのですが、本作はそんなデザインを踏襲しています。中央から放射状に筋目が入ったサンレイ仕上げが施され、上品に光を反射して手元を飾ります。

文字盤や針、風防などの外装パーツにはヴィンテージウォッチの意匠が残されています。当時プラスチック製だった風防は、硬く傷つきにくいサファイアクリスタル製と完全に現代仕様。ドーム型の文字盤と、それに沿って曲げられた針にも注目です。

時計を斜めから見ると、その丸みを帯びた造形がよく見えます。サファイアクリスタル製の風防は、側面が切り立ち上面がドーム型になった「ボックス型風防」が採用され、文字盤の立体感を強調。ヴィンテージウォッチらしい質感が演出されています。

注目したいのは針の作りです。グランドセイコーは特に針の美しい仕上げが高く評価されていますが、本作で見るべきはドーム型の文字盤に沿って曲げられた3本の針。視認性を高めるための「曲げ加工」は職人による手作業で行われ、細い秒針にいたっては、針の根元に近い位置から緩やかなカーブを描いて曲げられているのです。現行モデルでここまでカーブしている針を見ることは、数えるほどしかないでしょう。

グランドセイコーが特に気を配る「視認性」という部分においても、初代GSから培われてきた完成されたデザインです。エッジの立った鋭い針と多面カットのきらびやかなインデックスにより、時計を斜めから見た際でも時刻が読み取りやすくなっています。

特に本作は日付表示がない最もシンプルな3針仕様のため、文字盤上で邪魔をする要素が一切ありません。時計が止まるたびに日付を合わせるのが面倒だと感じる方にとっても魅力的な仕様です。

「ライスブレス」と呼ばれる非常に手間のかかったブレスレットが標準装備されている本作。中央の小さなコマはひとつひとつが磨かれ、着用した際に煌びやかな印象を受けます。

また本作はブレスレットも特徴的で、これもヴィンテージウォッチに見られる「ライスブレス」と呼ばれるものが採用されています。ベルト中央の小さなコマが連なった構造で、この小さな細長いコマが米粒のように見えることからそう呼ばれています。コマが細かいぶん非常にしなやかで、実際に着用するとベルトがぴったりと腕に沿い、腕が細い人でも全く問題なく着けられます。

その一方でバックルは、現代の時計らしく片開き式の頑丈なもの。立体的な造形の「GS」マークが嵌め込まれているため、どこか力強い印象を受けます。

グランドセイコーの純正ブレスレットには、この「GS」マークが必ず嵌め込まれています。両サイドのボタンを同時押しすると開く「片開き」タイプのため楽に着脱できます。

メインディッシュは手巻きムーブメント

さて、本作のハイライトはやはり手巻きムーブメントでしょう。搭載している「キャリバー9S64」は、長年使われてきた従来型「キャリバー9S54」をアップデートさせた現行機です。大きなスペックの違いとしては駆動時間。パワーリザーブが50時間からおよそ72時間(3日間)へ伸びたことに加え、時計の精度に大きくかかわるパーツの加工方法を見直すことで、日差(時刻の遅れ・進み)を抑えることに成功しました。

自動巻きローターに邪魔されずに機械を堪能できる手巻き。リュウズを巻くと、カリカリという音とともに表面に露出した歯車が回転している姿が見られます。

シースルーになった裏蓋からこのムーブメントを鑑賞することができますが、やはり手巻きであるため自動巻きローターに隠れないのが大きなポイント。プレート類の表面に施されたストライプ模様や歯車の磨き、テンプの動きを邪魔されずに眺められるのが手巻きの醍醐味です。

そして重要なのはその「巻き心地」です。このキャリバー9S64は比較的軽い力で巻けるのですが、カリカリという音とともに程よい抵抗感が味わえます。これは、プレートの表面に露出した大きな歯車(角穴車)が一定方向にのみ動くようにストッパーの役割を果たす「コハゼ」というパーツが動いている音と感触です。リュウズの溝が深くて巻きやすい印象のため、指先を痛める心配もないでしょう。

直径37.3mmというケース径がもたらす雰囲気はヴィンテージウォッチそのもの。年齢や性別を問わず勧めたい1本です。

現代では数少なくなった手巻きムーブメント搭載モデル。リュウズを巻いて時計を動かすという”ひと手間”が愛着につながり、永く愛用していこうという気持ちにさせてくれる手巻き時計は、人の感性に訴えるなんとも不思議な魅力があります。日々に生活の中に、機械式時計を巻くというルーティーンを取り入れると、モノの見方がちょっとだけ変わる…なんてこともあるかもしれません。

【スペック】

グランドセイコー「エレガンスコレクション 手巻きメカニカルモデル」

品番:SBGW305

ケース:ステンレススティール(直径37.3mm、厚さ11.7mm)、日常生活用防水

ムーブメント:Cal.9S64(機械式手巻き、パワーリザーブ約72時間)

機能:時・分・秒

価格:78万1000円(税込み)、2025年8月現在

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